マメ科フラボノイド生合成の分子生物学的研究 

明石 智義

 マメ科植物にはイソフラボン骨格,5-デオキシ型などの化学構造を持つフラボノイドが存在し,微生物感染に対する防御物質や共生窒素固定におけるシグナル物質として機能する.このような特有な構造の構築に関わる酵素の本体や生合成機構を遺伝子レベルで解明するため,エリシター処理によりイソフラボノイド系ファイトアレキシン (medicarpin) とレトロカルコン (echinatin) の生合成が誘導されるマメ科のカンゾウ (Glycyrrhiza echinata L.)培養細胞を用い,以下の研究を行った.

 

1. フラボノイド生合成系 P450 cDNA のクローニング

 植物の cytochrome P450 (P450) はフラボノイド生合成などの二次代謝系で酸化系の重要な反応を担っているが,個々の分子種の精製や生化学的解析はほとんどされていなかった.コンセンサス配列に基づいた PCR で得た新規 P450 cDNA を昆虫細胞または酵母中で過剰発現させ,(2S)-flavanone 2-hydroxylase (F2H, CYP93B1), 2-hydroxy-isoflavanone synthase (IFS, CYP93C2), isoflavone 2'-hydroxylase (I2'H, CYP81E1) を初めて同定した.F2H, IFS はともにフラバノンの 2 位を水酸化し,F2H がレトロカルコンやフラボンの前駆体の生成にはたらく一方, IFS はユニークな aryl 基の転位と水酸化によりイソフラボン骨格を形成する.また I2'H は medicarpin が持つプテロカルパン骨格の形成に必須の酵素である.エリシター処理下では F2H, IFS, I2'H などの P450 遺伝子の発現が同調的に制御されていることを見出した.

 

2. 5-デオキシフラボノイド生合成に関わる還元酵素

 デオキシカルコン合成酵素 (DOCS) は 5-デオキシ型フラボノイド生合成の出発酵素で,chalcone synthase (CHS) と polyketide reductase (PKR) より構成される.カンゾウ PKR cDNA を発現した組み合え大腸菌と植物抽出液を用い,PKR が他植物の CHS と共同作用して DOCS 活性を持つことを実証,非マメ科植物への PKR 遺伝子の導入による活性フラボノイド生合成の可能性を示した.

 

3. Formononetin の生合成機構

 Formononetin(4'-O-methyldaidzein)は medicarpin などのファイトアレキシン生合成の中間体であるが,生合成のメチル化段階は不明であった.クローン化した P450 のひとつの IFS cDNA を発現した酵母のミクロソームまたはその反応生成物 (2,7,4'-trihydroxyisoflavanone ) と,カンゾウ粗酵素液を用いたアッセイにより,2,7,4'-trihydroxyisoflavanone がメチル基の受容体となる新経路を明らかにした.これにより formononetin 生合成に関する従来の学説の矛盾が解決された.