研究テーマ

生命工の研究とは

(i) 微生物の共生に関する研究

 微生物はさまざまな共生体系を構築することで地球環境を形作っています。そこには、特定の動植物との間の密な関係から、微生物どうしの間の緩やかな関係まで多様な相互作用が介在しています。最近、微生物どうしの間にもいろいろな信号のやりとりが起こっていて、それによって目に見えない巨大な微生物生態系が環境中の至る所にできあがっていることが少しずつ明らかになりつつあります。私たちは通常、寒天培地上にコロニーを作らせて微生物を分離しますが、実はそれで得られる菌はごく一部で、大部分の菌はこの人工条件では拾うことができないと考えられています。その理由は、単純な微生物といえども、その生活になくてはならない環境条件があるからで、微生物どうしの間の信号のやりとりもそうした条件に含まれます。つまり、微生物どうしの関係をふくめ、微生物とそれをとりまく環境との間に起こっている現象を詳しく知らなければ、それらを培養して利用することができないわけです。

 私たちが微生物の共生を考えるきっかけとなったシンビオバクテリウムという細菌は、そうした微生物どうしの共生関係をかいま見せてくれる貴重な例です。この菌は、有用酵素を探索する目的で行われた研究において発見されました。一緒に分離されてきたゲオバチルス属細菌と一緒に培養すると活発に増殖しますが、単独ではコロニーをつくりません。私たちはこれまでに、この菌を材料にすることで、微生物どうしの共生関係にどのような分子機構が介在しているのか、そうした菌はどう進化してきたのか、環境中にどのように分布しているのかなど、さまざまな研究を進めてきました。さらに、この菌の全ゲノム解読も私たちの手で実施し、いくつもの新しい知見を見いだすことに成功しました。

 現在私たちが取り組んでいる研究は、こうした相互作用を研究する上で適した題材をもとにして得られた知識をさらに発展させようとしています。例えば最近では、微生物の集団形成に炭酸ガスが重要な信号として機能していることを明らかにしつつあります。この問題は特定の微生物に限られた話ではなく、環境中で普遍的におこっていることが予想されることから、環境微生物学全体にとっての重要課題になると私たちは考えています。同時に、炭酸ガスの濃度を上げないと分離できない菌の存在もすでに明らかになっていて、微生物の探索にも重要な知見となりつつあります。

 (ii) 有用細菌の機能発現を制御する分子メカニズムに関する研究

 私たちは全ての研究に共通して、「有用微生物とその機能に関する詳しい理解を応用につなげる」ことを最も基本的な研究指針として掲げています。上記の共生に関する研究は、この指針に対する生態学的な側面からの一つのアプローチといえます。一方で、私たちは、有用微生物のモデル株を用いた精密な分子生物学研究にも積極的に取り組んでいます。特に、抗生物質や抗ガン剤にはじまる種々の生理活性物質を生産する能力を持つことで知られる放線菌(グラム陽性の糸状細菌)を主な材料に用いて、その遺伝子発現制御に関する基礎研究を進めています。また、放線菌の他にも、上記との関連から炭酸ガスや光などの環境因子に応答する制御メカニズムについて、解析に適したモデル株を利用してその遺伝子や蛋白質の機能に関する詳しい調査を行っています。これにより、微生物の環境適応能力の基礎を形作る分子機構について一般性の高い高度な知識を得ることができます。これらの成果のうちのいくつかは、すでに世界的に高く評価されており、最先端の分子生物学に興味があるみなさんには格好の研究テーマといえます。

(iii) 有用物質生産菌の探索研究

 (i) と (ii) の内容は、主に基礎生物学を中心に扱う研究ですが、上記の指針にとってより直接的な研究は、役に立つ機能をもつ微生物を新たに自然界から探し出すこと(微生物スクリーニング)です。私たちは、上記の課題から得られた知見を活かしつつ、企業からの具体的なニーズに基づいて、有用物質を生産する微生物の探索を広く実施しています。目的とする微生物がみつかることによって、生産現場における大幅な効率化とコストダウンが期待でき、また場合によっては工業生産上大きな革新をもたらす技術が産まれる可能性もあります。スクリーニング研究の実際はたいへん地道ですが、それが秘める可能性は量り知れません。

核酸・蛋白質科学研究室